2014.4/15(火曜日)モーニングセミナー感想

テーマ「感動の“天の香具山”と古事記」

講師:古事記研究家 上枝大輔

 

[中島幹事の話]本日の講話者の上枝さんについての話。香川銀行の三本松支店長をしていて、三本松ロイヤルホテルの初代社長という旧大内町に貢献をしている話をされる。

[上枝様の話]徳島に200回通い、古事記について調べ自費出版する。すごく自信があったので天皇にも読んでほしいと宮内庁にも送る。今まで学者が発表したことが本当か?発想を変える話をされました。その行動力にビックリしました。

≪感想:松浦清貴≫

 

[松井会長の話]朝4時に起床される、5時前に家を出て見る日の出の景色が素晴らしい。初参加の2名の方の紹介。第三条の自分の運命は自分で切り開く→3つのポイントの説明。
[上枝大輔様のお話] 元三本松ロイヤルホテルの社長で現在古事記の研究家。自費出版の本を皇太子に読んでもらいたく、宮内庁に本を送り、お礼のハガキを宮内庁より頂く。朝5時からの日の出の方位の確認の為、朝2時から家を出て、確認をしていたこと。200回以上も研究、調査の為、徳島に訪問したこと。古事記の解読を、発想を転換して、別の角度からとらえて、現在の主流となっている学者の説を根本から見直す。非常に行動力が感じられ、お話に年齢を感じさせないパワーを感じました。大変勉強になりました。

≪感想:兵江明展≫

 

[会員スピーチ中島政征さん]上枝大輔講師の紹介をして頂きました。その中で、さぬき市の古墳群のお話や、考古学のお話、都市計画や、土地の言い伝え、古事記のお話などを交えて、上枝講師をお招きした経緯を紹介していただきました。中島さんは青年会議所の先輩でもあり、よく話をするのですが、普段はそんな話をされないので、中島さんの違う一面を見て、奥が深いな~と思いました。
[講話 上枝大輔 様]本当に面白かったです。1300年前には都は徳島県にあり、天皇は徳島に住んでいた。その後、奈良へ都を移して行った。古事記、万葉集、日本書紀に出てくる地名が徳島、香川には、ぴったり当てはまる。歌に歌われている、夏至と冬至の太陽の位置が、天文学的にも、地形的にも、徳島県の小松島市が、ぴったり当てはまり、歌が歌われた当時の都の場所を奈良県ではなく徳島県に置きかえると、過去の研究では謎とされていた意味が、容易に解決する。「アホ」「ほっこ」の由来など、とても興味深く面白かったです。また、後の朝食の時のお話の中で、弘法大師の修行のお話や聖徳太子は引田の馬宿で生まれたと言う由来には、びっくりしました。そして、地名の呼び名は、1300年間、今も変わらず、続いている事にも驚きました。最近の合併によって地名が変わるのは残念なことだと思いました。それから、書物として、歴史を伝える事とは別に、先祖代々、家の中で言い伝えられて来た、言い伝えの正確さに驚かされました。言い伝えは大事にしないといけないと思いました。

≪感想:桑島 功≫

 

【松井正純会長】栞3条、運命自招。運命は自分の力で切り開く。①毅然と立って行う。②断固として善処する。塙保己一、ヘレンケラーの事を補足説明されました。
【中島政征 幹事】5年ぐらい前に松下さんが土成町の話をされた道の事。旧大川郡の地名が出てきました。去年10月11日のさぬき市の古墳群のお話には500人ぐらいが参加されました。その資料の立派なこと。津田の古墳群の報告書の事。50年来の中学の先生をしながら研究された六車先生の事。本日講話される、上枝様の天文台の資料など説得力があります。津波の災害、福栄小学校の災害などを思う時、恩師の神代雄一郎の言葉を思い出します、と話されました。
【上枝 大輔 様】古事記の研究書を宮内庁に送った話。古事記の天皇が徳島に居た頃の話から、移って奈良に行った経緯の説明。舒明天皇の万葉集に出てくる歌の説明。 大和(おおやまと) 倭(やまと)の使い分けの説明。阿波の人々が奈良へ五千~1万人移動した。天文台に何度も問い合わせて、万葉集に書かれた事と同じだ多と「やったー」と思った。本居宣長の事にも触れ、古事記伝をコピーして研究した。発想の転換をして解読の精査をする。地域の名前から「あほ」という言葉が使われるようになったとか、方子が「ほっこまい」になった語源であること等興味深い話に終始聞き惚れていました。

≪感想:赤山芳隆≫

 


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